2009年8月10日月曜日

Little Essay 043「君の住む町に乾杯」






窓から見渡す風景は一面の草原だった

よく君と来たペンションの一室に

ボクは今日一人でいる


数週間前

風の便りに君が今日結婚すると聞いたとき

ボクはここのペンションを予約した


2Fの202号室

南向きの窓がある部屋

それがボク達のお決まりの部屋だった


二人分の料金を払い

二人分の食事も作ってもらった


二人分のワイングラスを用意してもらい

二人が好きだった音楽をリクエストした


顔なじみのペンションのオーナーは

その不思議な光景に

いつもと変わらぬ接待をしてくれた

夕方6:00

君の結婚式が始まる時間


ボクはほどよく冷えたワインを抜き

君が住む北の町に向かって乾杯をした



Little Essay by Yasutomo Honna


2009年8月8日土曜日

Little Essay 042「ラヴコール」






室内用の無線電話が鳴った

トゥルル トゥルル

今頃の時間にかけてくるのは

だいたいあの娘からだ


この約束を守ったような

キチンとしたラブコールがあるおかげで

最近 仕事が終わると

道草をしなくなった


それまでは毎晩ボクの食事は

アルコール&おつまみ

そんな世界だった


でも今は

部屋に戻りインスタント食品となっている

どちらも変わりはないか ハハハッ



呼吸を整え

髪の乱れを揃え

一番いい顔で受話器を取る

きっと電話の向こうはあの娘だ




「あっ!いらっしゃいましたね

 いつもお留守なので 

 夜分遅くすみません!

 今月のガス代なのですが いつ 」



しばらくの間 

ボクは声をつまらせるしか

方法が見つからなかった



Little Essay by Yasutomo Honna





2009年8月7日金曜日

Little Essay 041「タイミング」






「いつものでよろしいですか?」

バーテンは聞いてきた

「いゃ 今日は違うものをもらおう

ボクは遮るように答えた


「おゃ? どうかなさいましたか?

 違うものと申しますと?」

いつも同じ酒しか飲まないボクに

不思議そうに彼は尋ねた



「いゃ すまないね ちょっとした事さ

 今日は起きた時から 

 どうにもタイミングが合わないんだ

.蛇口をひねって水を出すタイミング 

 電車のキップを買うにしても

 昼飯を頼むにしても 

 お客に電話をするにしてもなんだ

ボクは今日一日のタイミングの悪さを

バーテンに説明した


「なるほど 

 そういう事ってありますよね

 どこか一つ歯車のかみが悪いと

 すべて崩れるって事

彼はそう言って

グラスをキュッキュッと磨いていた


「だから今日は最後の酒で 

 もう一度タイミングを戻そうかと

そう言いかけてボクはちょっと考えた




<タイミングが狂っている と言うことは

 いつものパターンで物事が動かない!って訳か

 なら今日は最後までこれで行ってみるか…!



この店に通うようになったのは

いつもこの時間になると現れる

素敵な女性のせいだった

いつも一人で来て 

悩ましい目でこっちを見てる

でも 一度も誘いに乗った事がない

思わせぶりな女性だった


「いゃ やっぱりいつもの酒を貰おう!

 いつもと同じ量でキッチリ入れてくれ 

 寸分違わずに


不思議そうな顔をするバーテンにそう告げると

ボクは彼女が現れるのを待っていた




扉が開いた 彼女だ

よし!今日こそは



そう思ったのも束の間

彼女の後ろから背の高い

まるでファッション雑誌から飛び出してきたような

二枚目が入ってきた 

当然彼女の連れだった



どうにも やはり 具合が悪い



「やっぱり…

 今日はタイミングが合わないみたいだ

 これ飲んだら帰るよ ごちそうさま」

再び不思議がるバーテンにそう言って

ボクは酒を飲み干し席を立ち

少しだけうなだれながら扉へ向かった




扉の前へ立つと同時に 

その扉が開きお客が入ってきた


ボクは予期せぬ扉の開きに思いきりぶつかり

遠のいて行く記憶に

追い討ちをかけるように深い後悔をしていた



Little Essay by Yasutomo Honna




2009年8月6日木曜日

Little Essay 040「大切な人生」






あいつが寂しい顔をしながら言った

「所詮 こんなものだったんだ

 一生懸命働いて 働いて 働いてよ 

 そしてくたびれ果てて…

 気が付いた時には

 手の中に何も残ってやしない


ボクはぬるくなったビールを

喉に流し込みながら静かに聞いていた


「会社を責める訳ではないが

 大切な時間を

 失ってしまった事だけは確かなようだな」


そう言ってあいつは

氷が全て溶けたウィスキーグラスを持ち上げた


琥珀色のはずのウィスキーが

すっかり薄くなってしまって

まるで 主張を持たなくなっている


それは 今の彼の人生に似ていた


「転職しようと思っているんだ

 いや 正確に言うと 独立だ


ボクは何も答えず

最近急に増えだしたあいつの白髪を見ていた

あいつは徐に

ポケットから取り出した一枚の紙きれを

無造作に四つに折ると

ウィスキーグラスのコースターとすり替えた


その紙は「単身赴任」 

名もない町の 支店へ転勤を命ずる

血が通っていない 冷たくて白い物体だった


「大切な人生だ それもよかろう

ボクはビールグラスを持ち上げ

あいつの前に突き出した


あいつも薄いウィスキーグラスを持ち上げた


新しい人生のスタートには似合わないが

グラスとグラスが

心地よい音を立てて「カチン」と鳴った



Little Essay by Yasutomo Honna



2009年8月4日火曜日

Little Essay 039「縁日」






君の浴衣姿を初めて見た時

ボクの心臓は

いつもの2倍のスピードで高鳴った…


「縁日にいかない?」

そう簡単に誘ったのはボクだったのだが

こんな誘いに

君は心から応えてくれたんだね


ボクはTシャツでいるのが

とても切なくなったけれど

残念ながら

君を満足させる<縁日に合う服>を

一着も持ってなかったんだ


ゴメンネ



「何か食べる?」

ぎこちなくボクは聞いた


「焼きソバがいいかなぁ~」

君はちょっと照れ加減につぶやいた


「よーし 焼きソバを食べよう!

 で 食べたら

 今度はタコ焼きも食べよう!

 そして 金魚すくいをして 

 最後はわたあめだ!」


ボクはそれらを全部

ゼスチャー入りで説明した



君はクスクス笑いながら

それを聞いていたけれど

突然ボクに寄り添って

そっと腕をつかんできた


そして


「迷子にならないように つかませて

そうポツリと呟いた



Little Essay by Yasutomo Honna



2009年8月3日月曜日

Little Essay 00038「信号」






信号が赤から青へと変わる


ほんの少しだけ時が止まる…


やがて君は 茜色にそまった


見馴れた都会の中に消えていく



もしここで君がもう一度だけ


振り返ってくれたとしても


ボクはその最後のやさしさを


気付かずにいたに違いない…




Little Essay by Yasutomo Honna



2009年8月2日日曜日

Little Essay 00037「通勤電車」






その電車にいつも君は乗っていた

毎朝 必ず決まった時間に 

そう…決まった車両に乗っていた



ボクがたまたま早起きして 

一本早い電車に乗ったのが

君を見つけたきっかけだった


次の日もボクは早起きして

その電車に乗ったんだ…

そしたら やはり君はその車両にいた



いつも君は窓の外を見つめていたけれど

何を見ていたんだろう?


君の視点に合わせて

ボクも一緒に外を見たのだが

移り行く景色以外は

変わらぬいつもの風景だった



ボクは毎日10cmづつ

君に近づいていったんだ

最初は5m位離れていたけど

最後には目と鼻の先までになっていた


でも君はこれだけ毎日顔を合わせているのに

ぜんぜんボクに気づく様子もない…




<そんなもんだね>

いつもボクはそう自分に言い聞かせていた



君が降りる駅は

今まであまり 気にもとめていない駅だった



<君はどんな仕事をしていてるの>

いつもボクは降りていく君の後ろ姿に呟いた



ある朝 君は一冊の雑誌を

食い入る様に見ていたね

目と鼻の先のボクは そっと覗き込んでみたら

就職情報誌だった


<転職するのか?>


ボクはまた降りていく君の後ろ姿に呟いた



一瞬 君はボクを見つめたけれど

不思議そうな顔をして電車を降りて行った



それがボクと君が最後に会えた瞬間だった




次の日 また次の日

君は二度と この電車に乗る事はなかった




君がいつも降りていたあの駅に

あれからボクは一度だけ降りた事がある

小さな駅だったけど

駅前の静かなカフェでお茶を飲んできた


窓から見える そう あの「電車」から

ふっと君が降りて来るような気がして




Little Essay by Yasutomo Honna