2009年6月24日水曜日

Little Essay 0002 「感動という忘れ物…」






ビジネスで訪れた香港の早朝
前日深夜まで飲み続けた重い頭を抱えながら
ネーザンストリートを歩いていた

香港は公共施設の中のみならず 飲食店全てが禁煙
ただし 何故か路上では喫煙が許されていて
路上のあちこちに吸い殻入れが完備されている

ボクはストリートを歩きながら
路上でタバコを吹かし 
交差点ごとに設置されている吸い殻入れに灰を落とす

当然このマチではありふれた光景だから
誰もそれを咎める人はないなし
言わば 喫煙者たちに残された空間はここだけなのだ


午前7時 早朝だから人通りは少ない

ボクは 裏通りにあるマクドナルドで
モーニングコーヒーを飲もうと 目的地へ急いでいた

すると ストリートサイドから 女の子が飛び出してきて
ボクに新聞を渡そうとする

「Free Paper?」と聞くと
「Yes…」

ボクはその新聞を手に取って 
思わずその場にしばらく立ちすくんでしまった…

何故なら
その新聞には 一つ一つリボンが結ばれていたから

日本で言えば ご自由にお持ちください…
と言ったたぐいの代物なのだろうが
その新聞の 何とも渋いエンジ色のリボンとタグ

この素晴らしきセンスの良さは何なのか?
そして これほどのコストをかけた新聞とは何なのか…

当然ながら それらは広告収入という価値観で
確かに成り立っているのであろうが
それにしても このハイクオリティな演出に
ボク自身 相当のショックを覚えてしまった

日本において 当然の如く
装飾としてのリボンを使い続けてきたのだが
これほどまでに 感動を受けた
そう あえて パッケージと言おう
この体験は ボクに大きな刺激を与えてくれた




マクドナルドに入ったボクは
モーニングコーヒー飲みつつ
ふと 日本にいる彼女のことを思い出した


帰国したら 何かプレゼントをしてあげよう…

ありきたりではなくて
決して高価なものでなくていい

不思議なリボンという 新しい可能性を知ったボクは
遠い昔に落としてしまった 感動という忘れ物を
香港の街角で見つけたのだ…


彼女は その時 はたして 喜ぶのだろうか…



Little Essay by Yasutomo Honna

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