2009年7月30日木曜日

Little Essay 00036「プラモデル屋」






そのプラモデル屋が

無くなったのは突然だった…


懐かしい風景として

いつまでも残っていると信じていたのに

ある日突然その店は無くなってしまった



日課の様に通いつめていた頃から

もう長い時間が経ってしまい

二度と足を踏み入れない

置き去りの空間になっていたのだが

いざ無くなってしまうと…

心のどこかに風が吹き込んできた



ポケットに一円も入っていない時でも

ボクらに夢を与え続けてきてくれた

プラモデル屋


100円なんて大金が入ると

地球はすべて自分の物だ

そんな気持ちでその店へ急ぎ足になった


サンダーバード2号は最高だった

潜水艦サプマリン号は風呂の友

戦車はジオラマの中にいた

ドラムセットやギターセットも

未来への憧れだった



自由になる金が少し入るようになると

何故か突然

ボクらはプラモデルに

見向きもしなくなったんだ


不思議なもんだね



しばらく空き家になった

その店舗を眺めていると

そんな風景が幾つも幾つも

脳裏を横切っていった…



Little Essay by Yasutomo Honna



このプラモデルの話はノンフィクション

サンダーバード秘密基地のプラモデル、

実は私は手つかずの商品を今もこっそりと

隠し持っているのでした。




Little Essay 00035「2週間もつ花」







君がこの部屋を出ていったのは

たぶん2週間位前だったと思う

はっきりは覚えていないが


そうだ

最後に君が花瓶にさしていた花が

残念ながら元気をなくしたからだ


「この花は2週間も保つのよ!」

と 君はいつも言っていた


何度聞いても覚えられないその花は

小さくて細い茎に

黄色い不思議な花を咲かせていた


「栄養剤がなくて

 これだけ保つから経済的ね

君はいつもそう言ったけど

1本1000円以上するその花が

ボクには経済的とは思えなかった


そんな小さな会話が

ボク等に亀裂を作った…




あれからたぶん2週間

元気をなくした

名前を覚えられない花を見ていると

不思議にその花が愛らしくなってきた


水を変えてみたが 

次の日はもっと元気をなくしていた


ボクはその元気のない花を花瓶から抜き

まるでペットを亡くした時の様に

庭に穴を掘って埋めた


そして

君が通っていただろう花屋を探しに

町に出かけた



Little Essay by Yasutomo Honna




2009年7月28日火曜日

Little Essay 00034「忘れられない風景」






大学時代

広い学食の一番奥のテーブルは

ボクら仲間のお決まりの場所だった


休講も 自主休講も多かったから

学食を覗くと 誰かしらはそこにいた


ネコマンマと呼ばれる

冷えきったコロッケと

鰹節ご飯のスペシャルランチが

280円でボクらの定食だったし

コーヒーは自動販売機で50円だった

金がないボクらの憩いの場となっていた…



そのテーブルでは 

日々文化論が交わされたし

芸術談議にも花が咲いた


クラブ活動のミィーティングや

時には学食そのものが

学園祭のコンサート会場と化した


その古く 今にも壊れそうなテーブルは

時に仲間のノートを写すのにも使われたし

椅子を二つ並べて

昼寝のベットスペースにもなった

決して快適とは言えなかったが…・



学食が老朽化し

新築される事になった時

ボクらはワンカップと

かっぱえびせんで

さよならパーティをしてやった…

もちろん今はないあのテーブルで



誰にでも一つや二つ

遠い思い出の中に

忘れられない風景がある


思い出す度に 

笑みがこぼれたり 切なくなったり


あのテーブルはボクらの仲間の心に

今でもしっかりと 刻み込まれている



Little Essay by Yasutmo Honna



2009年7月26日日曜日

Little Essay 00033「使い捨てライター」






使い捨てライターの火がつかなくなった


何度かに一度 

小さな炎がかろうじて灯るのだが

それもつかの間…

タバコに火をつける程の余力は残っていない



ライターの側面には

いつかキミと行った

開店したてのバーの店名が印刷されている


もう記憶に薄れる頃の出来事だが

あの頃 ボクたちはとてもハッピーだった


一緒にいることが 何よりだった

つまらないジョークにも 

お互い笑い転げていたし

互いをむさぼるようにベットにいた

いつか来るはずの 

二人の永遠の時間を夢見ていた


しかし 旨い同じ食事を食べ続ける度に

ボクたちは 別な食事を欲するようになる

例えば ソースから醤油へ 中華からエスニックへ


たった数年程の間に 

その亀裂は少しずつ広がり

いつか… 

手を伸ばしても届かない距離となっていた




そう 使い捨てイターのガスが

減りつつある感覚と似ている




貯えられた「余力」に底が尽き

愛しあう感覚や

ましてや互いを思いやる心なんてものは

残念ながら 微塵も無くなっていた


もはや お互いの中で

気にもしない

空気になってしまったのかも知れない…



「ある」ことに 「いる」ことに

慣れ過ぎてしまったのかも知れない




使い捨てライターの火がつかなくなった


もう既に タバコに火をつける程の余力がない


たった一瞬だけ 

小さな炎が数センチ程伸び上がった


そして…二度とその主張を 

灯さなくなってしまった




さようなら さようなら




Little Essay by Yasutomo Honna



2009年7月25日土曜日

Little Essay 00032「一度でいいからシェリー」






一度だけでいいから 

いい女と二人で飲みに行って

彼女に

「私 …今夜シェリー飲んでいいかしら?」

って言わせてみたい…



きっとそんな日に出会ったら

ボクはきっとプッツンになって

空を飛んでしまうに違いない



しかし一度空を飛んでしまうと

その楽しさがクセになってしまいそうなので

あまりアブナイ女性とは

酒を飲まない方がいいのかも知れない



でも よく考えてそんな事は

まず起きないに決まっているのだが…


あなたとなら もしや




Little Essay by Yasutomo Honna



2009年7月24日金曜日

Little Essay 00031「その角を曲がると」






久しぶりに あの道を歩いてみた

大きく広く思えていた道が 

何故か…とても狭く思えた


あれから

どれだけの時間が過ぎたのだろうか…



その角を曲がると そう君の家だ



しかし そこにはもう君はいないし

住んでいた家すらないだろう

それだれ時間が流れて行った


当時ボクは その角を曲がった先の風景に

いつも心躍らせていたんだ


君がそこに… いるかも知れない

というたったそれだけの期待なのだが

小さな胸が張り裂けそうだった



その角まで ゆっくりと歩いてみる

わざと時間をかけてみる



遠い記憶の中の 

あの胸の高鳴りを 探してみる…



しかし残念な事に 

それを取り戻すことはできなくなっていた



その角の一歩手前で

ボクは大きく深呼吸をして 

静かに 目を閉じてみた


風鈴の音が聞こえる

遠くに 木々の擦れ合う音が聞こえる

何とも懐かしいシーンが見える




ボクはそのシーンを 

静かに受け止めながら

目を閉じたまましばらく立ち止まり


そして「その角」を曲がらず

今来た道をUターンした



風鈴の音が遠ざかって行く

遠ざかる 様々な音の向こうに

小さく君の顔が見えた気がした



Little Essay by Yasutomo Honna



2009年7月23日木曜日

Little Essay 00030「重い雪」






中学時代 

ふたつ後輩の女の子がガンで亡くなった日

東京には珍しく 重い雪が降っていた


彼女の死を知らせる

お母さんからの 静かな電話の前で

ボクは何も言えず 立ち尽くしてしまった


目が見えなくなったらしい

自分で立つ事も出来ず

最後には… 

声も出せなくなっちまったらしい


彼女を最後に見舞った あの日

きっと全霊の力をふりしぼって

ボクのために

あのピアノを弾いてくれたのだろうか




先輩づらして近くの公園で

彼女の宿題を手伝った日々が

ボクの頭の中で 

クルクル クルクルと 回っていた…



「お兄ちゃん また明日

と手を振る彼女が

ボクの心の中に まだ確かに生きている



Little Essay by Yasutomo Honna



2009年7月22日水曜日

Little Essay 00029 「オオカミ」




ある満月の晩のことだった…


「今夜ボクはオオカミになってもいいかい?」

ビールを飲みながらボクは彼女に聞いた…


「ヘェ~!あなたオオカミになれるの?」

彼女はボクの顔を覗き込むように言った


「なれるさ!君さえOKならばね

さらにボクはビールを流し込みながら続けた


「ふ~ん OKもらってから

 オオカミになる男性なんか初めてよ…」

 彼女は笑いながらそう言って

「NO!」と続けた…


「それなら仕方が無いか 

 では今夜は楽しく飲むとするか!」

ボクはわざと明るく言った


「あら 結構押しが弱いオオカミなのね…

 ヘンな人

 でも そんなところが大好きよ

彼女はボクの肩に寄り添ってきた


女心とはわからないものだ…




Little Essay by Yasutomo Honna