2009年8月7日金曜日

Little Essay 041「タイミング」






「いつものでよろしいですか?」

バーテンは聞いてきた

「いゃ 今日は違うものをもらおう

ボクは遮るように答えた


「おゃ? どうかなさいましたか?

 違うものと申しますと?」

いつも同じ酒しか飲まないボクに

不思議そうに彼は尋ねた



「いゃ すまないね ちょっとした事さ

 今日は起きた時から 

 どうにもタイミングが合わないんだ

.蛇口をひねって水を出すタイミング 

 電車のキップを買うにしても

 昼飯を頼むにしても 

 お客に電話をするにしてもなんだ

ボクは今日一日のタイミングの悪さを

バーテンに説明した


「なるほど 

 そういう事ってありますよね

 どこか一つ歯車のかみが悪いと

 すべて崩れるって事

彼はそう言って

グラスをキュッキュッと磨いていた


「だから今日は最後の酒で 

 もう一度タイミングを戻そうかと

そう言いかけてボクはちょっと考えた




<タイミングが狂っている と言うことは

 いつものパターンで物事が動かない!って訳か

 なら今日は最後までこれで行ってみるか…!



この店に通うようになったのは

いつもこの時間になると現れる

素敵な女性のせいだった

いつも一人で来て 

悩ましい目でこっちを見てる

でも 一度も誘いに乗った事がない

思わせぶりな女性だった


「いゃ やっぱりいつもの酒を貰おう!

 いつもと同じ量でキッチリ入れてくれ 

 寸分違わずに


不思議そうな顔をするバーテンにそう告げると

ボクは彼女が現れるのを待っていた




扉が開いた 彼女だ

よし!今日こそは



そう思ったのも束の間

彼女の後ろから背の高い

まるでファッション雑誌から飛び出してきたような

二枚目が入ってきた 

当然彼女の連れだった



どうにも やはり 具合が悪い



「やっぱり…

 今日はタイミングが合わないみたいだ

 これ飲んだら帰るよ ごちそうさま」

再び不思議がるバーテンにそう言って

ボクは酒を飲み干し席を立ち

少しだけうなだれながら扉へ向かった




扉の前へ立つと同時に 

その扉が開きお客が入ってきた


ボクは予期せぬ扉の開きに思いきりぶつかり

遠のいて行く記憶に

追い討ちをかけるように深い後悔をしていた



Little Essay by Yasutomo Honna




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